〈著者紹介〉
渡邉晃純(わたなべ こうじゅん)
1940年生まれ。
名古屋大学教育学部卒。
大谷大学大学院博士課程(真宗学専攻)満期退学。真宗大谷派出版部長、同 教学研究所所員、同 岡崎教務所長、三河別院輪番などを歴任。
現在、真宗大谷派・守綱寺住職。
名物職員が定年 〈中外日報 平成17年7月7日より〉
前岡崎教務所長の渡辺晃純氏が6月30日で定年退職を迎えた。昭和49年、名古屋教区駐在教導を振り出しに出版部長や教学研究所所員を長く務め、開申事件(昭和四十四年)に始まる教団問題もよく知る宗務役員だった。渡邉氏は退職に際し、寺院で執行されている儀式のあり方に疑問を投げかけた。?葬式仏教?と揶揄されることもある現状に対し、「儀式は本来、生きる者のために執行されるべき。儀式を軽んじるのでなく、その内容をどうするかが大切なんだ」と話す。子どもが法事の場で、読経する僧侶らに「生きている者が分からんお経なのに、死んだ人が分かるのかな」と言った言葉が忘れられない。
清沢満之の「死もまた我なり」という言葉を引き、「真宗に縁がない人でも教典の意味が分かるような儀式が必要。葬儀や法事は生きている者が教えに出会う機会なんだと話した。