星の降る村
 

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出版物のご案内

花田正夫著

生死を超える道

重い腫瘍を宣告され、「死」の壁に直面した著者が『歎異抄』に導かれて生死を超えていく道ゆきが切々と語られる。 \2000
花田正夫著

生死巌頭を照らす光

その生涯を念仏の中にすっぽりと摂めとられて往った著者の遺言ともいうべき法話集。師友の導き、癌との熾烈な闘いを通し、生死を貫くいのちにめざめていく光明の書。 \1600
榊原徳草著

一 道

家庭生活が破綻し、絶体絶命の極みに開けた一筋の道を、”ただ念仏して”とのよき人親鸞聖人のお言葉を信じて、ひたすら歩みつづけた一念仏者の人生記録。 \2000
米沢 英雄吉村かほる著

大きな手のなかで

二人の重障児を抱え途方にくれていた母親が、念仏者である老医師に”生きる意味”を必死に問い続けて回生する書簡集。 \1500
池山栄吉著

ありそなこと南無阿弥陀仏

大正から昭和の初めにかけて、当時の悩める多くの青年たちの心に仏灯をともし続けた稀代の念仏者の法話精選集。馥郁自在に語られる言葉は時空を超えて切せつと蘇る。 \825
榎本栄一著

念仏のうた難度海

細々と営んで来た小間物屋をスーパー出現で失いながらも、なお飄々と念仏を生きる老詩人の魂のつぶやき。泥中に咲き出た蓮華のようなわが国稀有の念仏詩集。 \2200
榎本栄一著

念仏のうた光明土

現代の妙好人といわれ、その詩の円熟した味わい、日常語と仏教語の見事な共鳴は、一つの「仏典」とも目される念仏詩集。その詩の一つ一つが不思議な底光りを放つ。 \2000
榎本栄一著

念仏のうた常照我

日々のくらしの中で自分と真向かい、自らの心の内を見聞きするうちに仏と出会い、その悦びを素のままに、その時々につぶやくようにうたいあげた念仏詩集第三弾。 \2000
榎本栄一著

念仏のうた無辺光

昭和六十一年十月より平成元年九月までの三年間の作品二三一篇を所収――『常照我』に続く第四弾。ますます深く自在に此岸と彼岸をとびかう言の葉の絶妙な味わい。 \2200
榎本栄一著

念仏のうた尽十方

平成元年十月より平成四年九月までの三年間の作品二二四篇を所収――深まりゆく老を賜りたる苦行として受け、そこに漂い出る仄かなお光を念仏と共に書き記す。 \2000
榎本栄一著

念仏のうた無上仏

彼岸からのお光りに照らされて“老”と“病”の日々そのままが、念仏の中に、すっぽりと摂めとられてゆく自然法爾の境涯。――「仏教伝道文化賞」受賞の念仏詩集完結篇。 \2136
和田 稠著

終わりなき歩みを共に

いのちの願いに背くようなこの世の現実を、また、この世をつくり出した自分の体質を、教えによって問い続ける歩み。 \1748
梶 大介著

生ききらなければ真実はみえてこない

どん底生活四十年。親鸞に教えられ導かれて、山谷の自立と解放めざして仲間たちと共に歩み続ける感動の手記。 \1942
松本梶丸著

生命の大地に根を下ろし

いのちの声を聞き、そこから限りなき智慧をいただいて生きる人たちの、いきいきとみずみずしく光る言葉の集大成。 \1600
長男を医療事故で亡くし、悲苦のどん底に落ちた一家が、その涙の中から深いいのちにめざめ、立ち上がっていく記録。 \1600
東井義雄著

老よ、ありがとう

「老」と「病」に次第にむしばまれていく人生の夕映えのとき。その老年の日の一日一日を、彼岸からの光に照らし出されて荘厳し、沁々と晴々と、みずみずしく心に刻むいのちの歳時記。 \1942
谷口美恵子著

生ある限り精いっぱい

老人たちの相談助言者となり、その様々な生きざまを通して、人生の、生きることの意味を真摯に問い学んでいく記録。 \1800
谷口美恵子著

今、生きている喜びを

多くの老人たちから教えられ学んだことを通し、ホームヘルパーのあり方、幸せな老後の生き方、生きていることの意味を問い続ける。 \1800
川畑愛義著

宗教と医学のはざまに立ちて

わが国のビハーラ運動の先駆者が、医学者の眼・念仏者の眼で生老病死の実相を見据え、生死を超えていく道を説く。 \1800
西元宗助著

み仏の影さまざまに

遇い難き仏法に遇い得たよろこびを、また、よき師よき友に導かれ、南無南無と生かされて、一歩一歩真実の光明土へとあゆんでいく道ゆきを、沁々と、切せつと綴る。 \1553
井上信一著

歎異抄・二つの気付き

歎異抄を唯一の人生の指標、心の糧として実業の世界を歩んで来た著者が歎異抄の真髄たる「二つの気付き」を得て、大いなる願いの中に生きるよろこびを語り明かす。 \1553
井上信一著

間に合ってよかった

釈尊・親鸞の教えの中核を「二つの気付き」と捉え、「二つの気付き」に生きて大いなる命とふれあう日々を語る!  \2000
亀井 鑛著

われら念仏に生きる

日々の生活の中に生きて働く仏法を、親鸞の教えを具体的に生活体験的に実証している人。全国津々浦々のこうした念仏者を訪ね歩いて、その信心と生活での証しを聞く。 \1800
亀井 鑛著

続・われら念仏に生きる

真実の宗教に生きる人々――。親鸞の教えと自らの日々の生活とが一枚に融け合った人々のいのちの鼓動を丹念に聞き記した聴聞記。「同朋新聞」好評連載から収録第二弾。 \1748
亀井 鑛著

今なぜ親鸞か

“生きることの意味”を親鸞から学び、その学びを、毎日の暮らしの中で確かめ噛みしめ歩んでいる多くの同朋の生き様を通し、真実信心に生きるとはどういうことかを説き、親鸞の教え、親鸞の願いに生きよう、と語り綴る仏教入門の書。 \1800
池田勇諦著

真と偽と仮

真実に生きるとはどういうことか。人間の真の解放、真の自立を開こうという親鸞聖人の深い願いを明らかにする。 \2000
池田勇諦著

信心の再興

いま御文から何を学ばねばならないか、御文が現代に送るメッセージは何か。あたらめて蓮如魂を聞き直していく。 \2000
宮戸道雄著

仏に遇うということ

門徒衆と住職との屈託のない世間話の中からあぶり出される、その生きざまの事実。――自らの闇が、仏の教えによって照らし出され、そこから全く新しい生活が始まる。 \2000
宮戸道雄著

家族の絆(きずな)

「家」や「家族」を今一度見つめ直し、どうすれば「家族の絆」が回復し、お念仏の心をいただけるかを、身近な話題を通してやさしく説き明かす、円熟絶妙の法話集。 \2000
滝本誠海著

この子らと手を合わせて

様ざまな障害を負う子どもたちの学級担任として、親と子と教師のふれあいを深めながら、「生きる」とは、「まことの知恵」とは――を問いかけ、問い直すいのちの教育実践。 \1748
尾畑文正著

親鸞への旅

アジアへの旅。それは日本人としての自分のあり方全体が問われる旅である。その告発を如来の声として聞く歩みである。 \1942
尾畑文正著

親鸞を生きるということ

自分と自分の生きる世界の真実を徹底的に問い、相互共存するいのちにめざめ、万人共生の世界に生まれ出る。著者渾身の講話集。 \1800
向坊弘道著

よみがえる人生

交通事故で全身麻痺のハンディキャップを負った著者が、絶望の生き地獄の中で親鸞と出会い、敢然と自立生活へと踏み出して、見事に人生をよみがえらせていく手記。 \1553
向坊弘道著

よみがえる生命

車いすでの活動めざましい念仏者が、その自立生活や社会への働きかけ、車いすの旅などを語りつつこれからの「福祉」と「自然保護」の真のあり方を提言し訴える。 \1650
向坊弘道著

アミダ仏の源流(さと)をたずねて

全身マヒのハンディキャップを負って40年。自らを救い給うたアミダ仏に報謝しつつ、そのアミダ仏の源流をたずねる100日の旅。 \1800
大石法夫著

生まれてよかったですか

「回天」の搭乗員として「死」に直面しつつ終戦を迎えた著者が「生まれて来たことの意味」を問い歩んだ光明土への道ゆき。 \2000
大石法夫著

どうなろうとこの道一つ

師に遇い得ての一途な聞法から、一体どういう世界が開けてきたか。ともに救われることを願って有縁の人に綴る書信。 \1748
大石法夫著

人みな願いに抱かれて

「仏様のお心を一人でも多くの人にお届けしたい!!」と東奔西走。仏様に使っていただく生活の喜びと感慨を語り綴る。 \2000
大石法夫著

許されて生きる

師と出遇い、ご本願に遇い得て、ただ“この道一つ”に生きる著者の、仏様に使っていただき、お育ていただく無上の日々、東奔西走の明け暮れ! 大きな願いに“許されて生きる”よろこびと感慨を、親鸞聖人のみ教えの味わいを通して語り綴る同行様たちへの15の書信。 \2000
大石法夫著

闇の中に光りあり

仏さまのみ教えをどのようにいただいているのか、それが生活の上にどのように希望となり、光となって働いて下さるか。お念仏の日々を語る。 \2000
江本 忍著

いのちの夜明け

ブラジルの同朋との不思議なご縁から「帰命」の実践として出かけたブラジル布教の旅は“大いなる一つの世界”への旅であった。 \2000
河村とし子著

み仏様との日暮らしを

キリスト教の伝道に燃える若きクリスチャンが、お念仏一筋の舅姑によってほんとうの幸せな人生の歩み方を教えられる。 \1800
松扉哲雄著

自身に目覚めん

『愚禿悲歎述懐』は、親鸞の最晩年の和讃である。著者は親鸞の教えを通して人間を生きる道、人間成就への道をいただいた。 \2000
渡辺妙子/谷本 忍著

いのちの交感

中学の教師と生徒という出遇いから、四十年ぶりの再会を得て始まった往復書簡。身近な出来事を通し、自分自身を見つめ、生きることの意味、人生の意味を考え、自らの生き方を根っこから問い直す機縁を与えられた! \1600
飛鳥寛栗著

それは仏教唱歌から始まった

日本の仏教音楽は、明治期に入り、讃美歌に刺激され、西洋音楽を導入した。それは仏教唱歌に始まり、讃仏歌、やがてオペラや交響曲にまで展開する。その先駆者ともいうべき人たちのエピソードや資料を駆使し、近現代の仏教音楽の歴史をまとめた画期的な労著。 \2600
藤原利枝著

小さきは小さきままに

北陸の寺に生まれ育ち、実父・藤原鉄乗、夫・藤原正遠を「よき人」としてお念仏のいのちに触れ、人生の喜怒哀楽の全てを「南無阿弥陀仏。おまかせ、おまかせ」と生きる著者。その力みのないしなやかさ、安らかさ、凛とした生き方からほとばしり出る絶妙の法話集。 \1800
児玉暁洋著

清沢満之に学ぶ

清沢満之の門下生であった暁烏敏師の もとで満之と出遇い、満之の課題を、その生き方を自らの課題として歩んできた著者の「清沢満之」論究の集大成! \2600
山崎龍明著

濁世を親鸞と生きる

不況・倒産・リストラ・自死、政治不安・テロ・・・・先の見えない現実。しかし、この混迷した現実を生きる自己も又、頼りなき、不実極まる自己である。800年前、末法濁世のただ中で真実を求め続け、人生を全うした親鸞。今こそ私たちは、不確かな現実を見つめ、人生をより確かなものとするために、親鸞に問いたずね、親鸞と共に生きていきたい! \1800
山崎龍明著

今を確かに生きるために

自我むきだしの傲慢な社会、「いのち」が閉ざされた闇の時代、この混迷した社会と時代を生きる、不実極まりない自分。
 私たちは今こそ、末法濁世に真実の灯を掲げ、確かな人生を生ききった親鸞に学びたい。偽りの無い、確かな生き方を、こころからうなずける「いのち」の真実を、人が人となる道を。
\1800
水原舜爾著

人間?この愚かなるもの

最先端科学と、科学を包み込んで説くことのできる唯一の宗教である仏教徒に深く問い、「人間とは何か」を考察した異色の書! \1500
住岡夜晃著

讃嘆の詩・上巻

激動と悲劇の20世紀前半に、強い民族的危機感を抱き、親鸞聖人を師と仰いで、その心をたずねつつ、懸命に生ききった一人の宗教家の「詩」。永遠の輝きを放つ、この香り高き親鸞讃歌は、今もなお多くの人の心をつかみ、一生の燈火となっている。本書は“いかに生きるか”に悩む若い世代に向けて再編集された求道の書である。 \1200
住岡夜晃著

讃嘆の詩・下巻

史上、類を見ない豊かな社会を築き上げたわが国であるが、行き詰って自死した人が過去3年間で3万人を越えた。こんな悲劇が渦巻いている今こそ、親鸞聖人を師と仰ぎ、その心をたずねつつ、懸命に生ききった一人の宗教家の「詩」を、本願の宗教を力強く詠った生命の「言葉」を、しっかりと噛みしめたい。闇夜に一波上げて月の光を捉えんが如くに! \1200
渡辺尚子著

あなたはあなたに成ればいい

現実の子育ては葛藤の連続である。「自分は一体この子にどうなってほしいのだ? どうあってほしいのだ?」という溢れるような問いを仏法に、親鸞にぶつけながら、同時に、その子育てを通して、「自分とは何か」を問いながら歩む、15年にわたる珠玉のエッセイ集! \1800
信國淳著

信國淳選集
いのち、みな生きらるべし

自らを赤裸々に語りながら、人間の闇に光をあて、よき人との出会いを通して“いのち”の世界を讃嘆する、「光といのちの交響曲」ともいうべき珠玉の法話集。
本書には、「人間とはいかなる存在か」「真実の宗教とは人間に何をもたらすのか」ということが、あますところなく語られている。
\2000
信國淳著

信國淳選集
いのちは誰のものか

「生と死」「自と他」「身と土」……二的対立の矛盾の中で生きるほかなき“にんげん”を一歩超え出て、一如の世界(阿弥陀の浄土)への往生を願ってやまない“いのち”のさけびを言葉にした、著者の壮年期を代表する法話集!
“いのち”を生きる全てのものにとっての永遠の課題とその解決が、明澄な仏智によって解き明かされている。
\2000
信國淳著

信國淳選集
花咲く生

「私とは何者か? 生きるとはどういうことか? 一切衆生の国はどこにあるのか?」----いのちの深奥lから湧き出る問いに応えて、永遠のいのちに生きる人となった著者が、全身全霊を捧げて説き明かした法話集
久遠の彼方からの如来の慈悲が、著者の懺悔と讃嘆となって全編に響き渡っている。
\2000
信國淳著

信國淳選集
呼応の教育

先生が学生を教育してはならない!
「いのちの教育」への希望の指針とは、「いのち」と「いのち」が呼応する教育の原点とは。師との出会い、「いのち」の道を終生語り続けた著者が、若き青年仏教徒たちに語りかける渾身の教育論。
\2000
信國淳著

信國淳選集
無量寿の目覚め

汝、無量寿に帰れ、無量寿に帰って、無量寿を生きよ!
時を浪費し、個に閉じこもり、罪深さと醜さとを加速させている現代人。本書は、現代人の根底にある「知」の闇に光をあてて、永遠の今を生き、普遍の愛を歓ぶ“無量寿のいのち”にわれらを導く、魂の書である。
\2000
渡邉晃純著

いったい私はどう成りたいのだろう

私たちは日々、何を拠りどころにして、何に向かって生きているのでしょうか。いったい何に成ろう、どう成ろうとしているのでしょうか。また、どう成ったら、本当に落ち着くのでしょうか。
 釈尊、親鸞聖人の「目覚め」とは何か、その原点を問いながら、生きることの意味、“いのち”の意味を平易に語り明かす真宗入門の書
\1800
稲田静真著

そのまんまでいいんだよ

「そのまんまでいいんだよ。安心して私にまかせなさい」というアミダさまからのメッセージが、および声が、“南無阿弥陀仏”という六字の言葉となって口から出てくださる。

寺の住職、保育園園長として、ご門徒や子供たちとの日々の触れ合いの中から、子供が心豊かに育ち、親がどうしたら本当の親になれるかを、親鸞聖人の教えを通して問い直し、真実信心に生きることの意味を平易に語り明かす。

\1800
竹中智秀著

真実の国創り、ひと育て

「美しい国」「普通の国」と「国」の何たるかを問わぬまま、「美しい言葉」が人々をたぶらかしていく現代日本。

本書は、親鸞の主著『教行信証』を紐解きながら「国家」や「家」や「教団」といった、現実の「組織」とはいかなるものであるかを解き明かし、徹底して「真実の国」を願い、それは、1人ひとりが本当の人間に成っていくことではないかと呼びかける。

\2600
竹中智秀著

阿弥陀仏の国か、天皇の国か

浄土をタブーとしてきた真宗教団の暗部を問い、「現生正定聚」の今日的意義を明らかにする。

「本当に浄土が今から始まるのか、浄土は死んだ後なのかということです。今から始まるということであれば、国家問題に対してどうなのかという問題があります。死んだ後からということになれば、国家問題は手を付けなくてもいいわけです。」(本文より)

\2600
竹中智秀著

浄土を本国としてこの世を生きる

生きる場が地獄化している現代にあって、常に不安におびえて生きている私たち。この人間の現実が抱えている闇に光を当て、「いかに生きることが本当か」という問いを切り開き、真に安住していきることのできる「真実の国」ということを、『教行信証』から学び説く。

往生というのは、浄土への往生を遂げてさらにその浄土を突き抜けて、娑婆へ往生してくることです。(本文より)

\2600
児玉暁洋・寺川俊昭著

世界を開く仏教

仏教は現代の苦悩に応えうるか。

戦争と貧困と恐怖のない国はいかにして可能か。2人の念仏者が渾身から応答する。

\1600

樹心社のロングセラー

さびしいときは
   心のかぜです
原田大助/山元加津子著
  

大ちゃんの詩は心の洗濯機です。心をきれいに洗ってくれますね。すべての詩が人間本来の気持ちを想いおこさせてくれます。どんな事があっても大ちゃんの詩を読ませていただくと元気になれます。
(千葉/Y・Kさん

心から泉のようにあふれてくる言葉は美しく、人の心を打つものなのだと深く感じました。大ちゃんの言葉が心のケガしたところにしみ込んできて元気になりました。
(鹿児島/M・Tさん)

すごくほんわかできる本なんです。これを読めばみんな優しい気持ちになれる。ピンクのハートになれると思う。気付いたら、私の一番大切な1冊になっていたんです。
(女優/常磐貴子さん)

山元加津子さんの
講演会はこちら

アイヌお産ばあちゃんの
   ウパシクマ
青木愛子/長井博著

アイヌコタンに古来から伝わる産婆術・整体・薬草・手技療法および信仰などをたんねんに記録した伝承の知恵の書。

いつまでも、なぜかどんどん売れていく不思議な本です。
紹介して下さっている多くの皆様、ありがとうございます。


榎本栄一念仏詩集
念仏のうた(全6巻)
    榎本栄一著
   

日々の暮らしの中で自分と真向かい、自らの心の内を見聞きするうちに仏と出遇い、その悦びを素のままに、その時々につぶやくようにうたい上げた念仏詩集! その詩の円熟した味わい、日常語と仏教語の見事な共鳴は、一つの「仏典」と目され、現代希有の妙高詩人と称されている。
「仏教伝道文化賞」受賞!


 信國淳著
新編・信國淳選集
(全5巻)
 
◆いのち、みな生きらるべし
◆いのちは誰のものか
◆花咲く生
◆呼応の教育
◆無量寿の目覚め

推薦の言葉
〈元大谷専修学院長・竹中智秀〉

「なぜ今、信國淳先生なのか」の声もあるでしょう。しかし、「今だからこそ、信國淳先生」と、言いたいのです。
 現在は科学技術を中心とした社会が出現し、人間はモノ化され、そのいのちの尊厳性を奪われるという、危機に直面しています。
 先生はいつも「いのちは誰のものか」と問いかけ、「いのちはそれを真実、愛そうとする者に属き従うものであり、傷つけようとする者には属き従わない」とし、それこそが「衆生のいのちを支配する永遠の法則である」と言いきり、その「いのちの法則」を我々に知らせ、我々をしていのちを真実、愛する者とならせ、縁ある者と共に生ききらせる力が、本願念仏の仏法であると、呼びかけ続けられています。
 だから今こそ、信國先生の呼びかけをともに聞きたい、と願っています。

最終更新日時 Wednesday, April 4, 2007
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