昔の日本の良さを説く
青い目の“大和撫子”
えんねさんの人生は
自然と共にある
(朝日新聞1990年4月26日より)

佐野えんね著(元・愛知大学教授)
『日本に住むと日本のくらし』
四六判上製・252頁 定価1600円+税
 
 ドイツから来て半世紀、日本人より日本人らしいといわれる著者の、過ごし暮らした日本の日々。

 その長い日本ぐらしの中で、生国ドイツの目、感性豊かな女性の目が、異国日本の、日本人の、日本文化の巣のままの実相を、あたたかく、鋭く、生き生きと見据えとらえた異色の書!

自然に教えてもらった知恵
私は日本に入りましたら、ちょっと恥ずかしくなりました。私は文明の進んだ国からまいりました。しかし、文化のことは日本の方がずっと進んでいます。なぜ日本の文化がずっとすすんでいるかというと、・・・・私は50年間、暇さえあればいつでもそういうことを考えているのですが、私の頭にはいつもヨーロッパの哲学が入っています。日本人には哲学がいらない、自然に教えてもらった、いろいろな知恵がありますから。日本は、その知恵で文化を育ててきた、りっぱな国でした。いま、その知恵を忘れて、少し荒っぽい国になりかけましたね。私は惜しい惜しいと思います。   (著者・本文より)

昔の日本の良さを説く 青い目の“大和撫子”
      えんねさんの人生は 自然と共にある
          (1990年4月26日 朝日新聞より) 岐阜県美濃加茂市伊深町。

桜と桃と菜の花が咲く山あいの町。地蔵、野仏がポツネンと春の陽光を浴びているのどかな風景の中。耕耘機がやっと通れるくらいの、スミレの咲く細い小道をたどって行くと、そこに佐野えんねさんの家があった。山を背後にひかえ、庭には野花が咲き乱れている。「自然に抱かれ、自然から学ぶ。老後をこんな所で過ごせるなんて幸せです」。ドイツ生まれ、日本に来てもう半世紀余りになる。藍染のさむえを着た佐野さんは、いすに座布団をいくつも重ねて座り、語り始めた。

日本でふるさとに出合い、“やまと心”を学ぶ
11歳のとき、ワンダーフォーゲルになったね。自然に帰ろうというドイツの青年の運動でした。そのころからドイツはふるさとがどんどんなくなっていきましたから、32歳で日本へ来て、ふるさとがあることを喜んで喜んで。自然の中にこそ人の心の平和と幸せがあると思います。私、自然の中に帰ってきたこと、とてもうれしく思いました。
 私、日本で人間らしさ見つけました。いま日本人が、日本の文化を捨ててでも新しい方がいいと思うこと、残念と思います。惜しい、惜しいと思います。でもそれは必ずなおります。私の心持ちはグラス(草)の根のように、希望持ってます。草はアスファルトの小さな穴からでも出てきます。たとえビル都市でも雨が降れば草は出てきます。自然の強い力を持っているグラスの根の心は“やまと心”だと思います。

日本のくらしを出版 孫たちに伝えるために
 ドイツと日本は全然違います。日本はきれい好きですね、私はこの50数年まねしたいと思いましたができませんでした。それにドイツはテーブル掛けをしますが、日本はそのかわりにフキンがあります。フキンの方がテーブルの木の良さがよくわかります。また、日本は家にあがる時に靴を脱ぎます。そこにホーリー(神)がいるからです。
 そういう日本のよい心をドイツ人に伝えたいと、88年に本を書きました。私の考え方や子どもの頃の思い出、日本の生活のことを書きました。日本のお母さん母乳で育てます。これ、いいことですね。日本の子ども、言葉を習う前にものを理解します。それ、感心しましたね。そういうことを書きました。
 本の表紙はこの村に生まれた画家が描いてくれて、娘の綾目と春枝がさし絵を描きました。もう私とは違う時代になってしまった孫のためにも、私の昔のことを本に残したいと思っています。

美しい日本の四季 自然は私たちの先生
 日本は昔、ヨーロッパのまねをしたでしょう。私は日本のまねをしました。一生懸命仲間になろうとしました。でも、何でもかんでも日本の方がいいと思っているわけじゃない。いまの日本は、自然が教えてくれることを忘れています。日本は岩の上に、きれいな水が流れる国です。その川底の砂利のように、人間は内も外もきれいにしなくてはいけません。これ自然が教えてくれていることです。
 日本には四季がありますが、ヨーロッパにはありません。ドイツは1年の半分が冬です。自然はそれぞれ、いろんな営みを持っていますが、日本は自然をつぶしてしまいます。悲しい。自分の“先生”を“殺して”いるのですから。
 日本の自然、好きです。ついこの間、ここで祭りがありました。モチつきがあって、たくさんのモチを投げて、みんなが取り合いをするんです。モノが欲しいという欲張りの心を思い切り出して、奪い合います。でもその後スッとして、ただ楽しい楽しい。これ祭りの良さですね。

90歳を迎えた今もドイツ語を教える。
 ドイツで1年半だけ教えていたことがあります。その後ベルリンの古本屋で働いていました。そこへ珍しい本を探しに留学中の日本の学者が何人か来てました。この……1923年から24年の間のことは、もうあまり覚えていませんが、そのうちの一人の学者に招かれて、昭和8年に日本へ来たのです。そして、京都でドイツ語を教えることになりました。
 戦争が始まって、神戸からこの美濃加茂へ疎開しました。そのまま、ずっとここで暮らしております。40数年畑仕事をしながら、ドイツ語を教えてきましたが、もう畑仕事はできません。3月2日で90歳になりましたから、畑仕事をする力がありません。ドイツ語は若いドクターや、ほかの人たち習いに家に来ています。
 おかげ様で、畑仕事は娘の綾目が喜んでしているので安心です。綾目の婿は8人兄弟の4男を養子にもらいました。その人も植物のこと、種と根のこと、土のこと、よくわかっている。その人に任せるのは安心です。自然は大事、自然の中で暮らせる私は幸せです。


毎日新聞『余録』にも紹介されました!

ケルン生まれのドイツ女性、エンネさんが京都の日独文化研究所のドイツ語講師として来日したのは昭和8年の春だった。夏がきて、街はゆかたがけの男女でにぎわった。
32歳のエンネさんもゆかたが着たかったが、どこで売っているかわからない。知り合った大阪の女性に聞いたら「反物を買ってらっしゃい。つくってあげます」といわれた。生まれてはじめて呉服屋に行き、生地を選んで持っていくと、背丈と腕の長さを測っただけだった。仮縫いはと聞くと、いらないという。

心配しながら待っていると、2、3日して小包が届いた。体につけてみると長すぎる仮縫いもしないから間違うのだとプンプンして研究所のお手伝いさんに「長すぎるから切って直してください」と頼むと、「寸法あこれでいいのです」。

ヒモを使って着せてもらいながらエンネさんは考えた。ドイツでは着る物を体に合わせるのは仕立て屋の責任だが、日本では自分の仕事だ。心が落ち着いていないとうまく着ることができない。着物は、心を落ち着けなさい、と教えてくれる。「着物は私を教えてくれた先生でした」。

2年の予定で日本に来たが、神戸の大学の先生と結婚してそのまま日本に定住した。戦争中、岐阜県に疎開、いまもそこに住んで和服で通している。愛知大教授を務めた佐野えんねさんである。山の中で稲を植え、麦を育てた。着物だけではなく、田んぼも先生と、えんねさんは思う。

日本に暮らして半世紀。随想集『日本に住むと日本のくらし』の中でえんねさんは書いている。
「日本はその知恵で文化を育ててきた、りっぱな国でした。いま、その知恵を忘れて、少し荒っぽい国になりかけましたね。私は惜しい惜しいと思います」
(毎日新聞『余録』 1988年7月24日)


 
 畳の家

 日本の住居形式はこの4、50年の間に大きく変わった。今、和室だけの住宅は少なくなっている。新しい家は和室は応接間で、ほとんどが様式の生活である。そういう私の家も畳の部屋はない。
私はこどもと住居の関係を考える時いつも、佐野えんねさんの言葉を思い出す。

 佐野えんねさんはドイツのケルンに生まれ、昭和8年に来日し、戦争中の疎開以来岐阜の片田舎で古い伝統的な農家に住んでいる。今年89歳のおばあちゃんである。
私は、ある時新聞に載ったえんねさんの紹介記事を偶然に読み、すっかり感心してしまった。

「西洋の部屋を見てごらんなさい。家具も床もこどもの敵ですよ。どこにぶつかってもあぶない。日本の畳はどうでしょう。広い畳の、家具のない部屋は子どもの遊び場ですよ。うちの孫は、そこで逆立ちしたり、寝ころんだり。日本の家はこどもと一緒に暮らすために作られています」
(昭和53年11月11日付 朝日新聞)

 えんねさんは昭和63年に『日本に住むと日本のくらし』という本をお出しになった。私はすぐに買い求めた。その本の中でこう言っている。

「西洋の家具はすべて大人の寸法で大人の便利なように考えてこしらえてあるのだったと気づかされました。机は高い。椅子も腰掛けも高い。小さなこどもが届こうとしても届かない。机の上で大人が仕事をする、食事をする。こどもにはそれを見ようとしても見られない。大人の生活は楽しいことも、悲しいことも、こどもの目の届かないところで行われているのです。日本ではなんでも畳の上でした。こどもはそれに参加することができる。いたずらもしますが、楽しいことも大人と一緒に楽しめます。

 えんねさんはヨーロッパは昔から大人の世界だったと言い、それに比べ、日本の伝統的な家が小さなこどもにとって、どんなに住みやすい家であるかを述べている。私が生まれ育った家は13坪(約43平方メートル)の小さな家ではあったが、雨の日はふすまをはずして家の中でキャッチボールや相撲をしたものだ。
 えんねさんは同時に現代の日本ではそういうよい伝統が失われつつあることも指摘している。現実には日本人の様式の生活を大きく変えることはできない。しかし、少なくとも小さなこどものいる家庭では、家具の少ない和式の生活をすべきなのかもしれない。
(環境建築家 名古屋工大教授 仙田満  朝日新聞1990年8月19日)

〈著者紹介 佐野えんね

ご注文は樹心社Amazonへどうぞ!

樹心社のホームページへ戻る