或る朝突然・・・・
去年の2月のこと。大阪のSくんから「そこは大丈夫?」と電話があった。最初何のことかわからんかったけど、つまりそれが立川テント村「ガサ」「逮捕」の知らせやった。なんだか急に身辺あわただしい気がしてきた。だって、「或る朝突然」いうのはぜんぜん人ごとやない。わたしも小牧基地の官舎ポストに「自衛官の奥様へ」という封筒入りの手紙を入れに行ったばかりやったんや。
 わたしは官舎へのビラ入れは十年ぶりのことやったけど、立川テント村の人たちは基地を目のまえにして、30年も「反戦」の声をあげつづけてる。そやから、ビラまきやビラ入れは、ことさらたいそうなことをやってるという意識はないやろ。特別なことではなく、くらしの一部、ごくありふれた日常活動のひとつや。逆にいえば、自衛隊の官舎に住む一家にとっても「反戦ビラ」がポストに入ってることは、まあ、毎度のことで気にもせんかったやろ。ところが、いざ海外派兵ということになると違ってくるんや。
 それまで入ってた、ピザや不動産の広告ビラのたぐいとさしてかわらんかった「反戦ビラ」一枚が、自衛官の家庭内に波風をたてる。基地の前で「反戦」を訴えるマイクの声を自衛官は無視できるけど、家のなかから妻やこどもたちに「行かないで」「やめて」といわれたら無視するわけにはいかんやんか。なんと言いつくろってみても、鉄砲かついで戦地にいくんやからな。
 一人の自衛官は法廷で「家庭の平穏をみだされて迷惑」と証言してるけど、「迷惑」ということはそれだけむこうにとってはみすごしにでけへん影響力があったいうことや。派兵したいもんらにとってはそれがいちばん困る。
 東京地検八王子支部の副部長は、正直にも「ほかの団体の活動を抑える犯罪予防の狙いもある」と言うてるんやけど、そもそも権力側にとって、反戦活動は犯罪行為という認識なんやな。とすると、権力に「迷惑」をかけん「反戦」活動なんてあるわけないやんか。そして、その「迷惑」のお返しが「ガサ」「逮捕」というわけなんや。

 こうして、立川テント村の人たちは「或る朝突然」おこった出来事にうんもすんんも云う間なく、救援活動に走りまわされることになる。弁護士を探して接見。ばらばらに留置された仲間のいる警察署におしかけて、ライブをやったりトラメガで声援を届けたり。起訴されたら3人分の保釈金1千万円!ものカンパを集めなあかんし。家族や職場への対応からインターネットでの呼びかけ、そしてビラつくり。それに、救援活動だけやない。デモやったり、いままでどおり毎週・毎月の基地への定例行動もやらなあかん。基地の北側にある畑にごぼうの種をまきにいったりもするし。そりゃたいへんな日々やったろう。

 そして、この本の著者宗像さんも、仲間と救援活動を担うことになった。誰もが感じると思うけど、宗像さんの文章は、飾らず昂らず、まるで今日あったことを仲間同士で電話してるような調子や。こわばりのない淡々とした口調で、次々に身の回りにおきた出来事を伝えてる。なにしろ宗像さんという人は、「ガサ」「逮捕」と聞いて、とりあえず「床屋」に行って、それをそのままかくさず書いてるくらいの人やから。
 そんな宗像さんが、だんだん救援の中心にもなる場面もでてくる。そして、いままで一度も握ったことのないマイクで街行く人びとに「私の友達が警察に拉致され監禁されています」と訴えることになる。結局3人は75日も拘束された挙句に起訴された。
 むかし、わたしも立川基地の徹夜監視に行ったことあったけど、その頃はデモで捕まっても3泊4日でガサはなかった。
 それがこの頃じゃあ、たとえばおととしのイラク反戦デモで捕まった人らは、みんなガサられてる。公務執行妨害の現行犯でなんでガサられなあかんねん。勾留は23日でももう珍しくはないやろ。
 そやけど、朝鮮戦争のときには、ビラ配りで10年の刑が科されたんやてなあ。この本を読んで初めて知った。わたしはこの30年間に5回のガサを受けたけど、別になんもたいしたことをしたわけやない。天皇制を皮肉ったビラや新聞を戸別配布したり撒いたりしたというだけや。なんのことはない、新しい憲法にかわっても、自分の考えや思いを行動としてひょうげんしたとたんに、それを権力側は犯罪行為として取り締まるいう癖は、戦前からずっと変わってないねん。
 「ビラ入れでパクられるいうのは、じつは他にもなんかやってるんとちがうか」と世間は思ってるみたいや。だからこそ宗像さんは書いておきたかったんやろ。「ガサ」「逮捕」された人たちはどんな人たちやいうことを。そして、「ガサ」いうのは、令状も見せんとドアのチェーンを切って室内にドカドカと入ってくるとか、「親は介護保険受けてるのに、息子のおまえは政府に反対するのか」なんて言われたり、黙秘権を使えば「罪証隠滅」いうことになって、いつまでも保釈されない理由になったりする「取り調べ」、つまり自衛隊が海外派兵されて、それがふつうのことになってしまった今、どんなことが具体的に起こってるかということを。もうだいぶまえから、いまは「戦時下」やいうことが言われてたけど、この本の1ページ1ページからそれがくっきりと浮かび上がってくる。きのうとまるで同じ風景の、なんでもない日常そのものが、すでに「戦時下」なんやということが。

 昨年末、テント村の仲間たちは一審無罪を勝ち取った。しかし検察は控訴。六月に控訴審が始まる。

                   (IMPACTION 2005年146号)