「大地に根ざし、もとゆっくり、もっと小さく生きたい」。NPO法人「使い捨て時代を考える会」を創設した槌田劭さんは繰り返しました。農を基本に自給自足の生活を目指している大津市坂本の「麦の家」で8日に開かれた新春講座「共生共貧・21世紀を生きる道」でのことでした。
槌田さんは京都市生まれ。京都大学工学部助教授(金属物理学)を経て、京都精華大学で環境社会学を教えてきました。
槌田さんは切り出しました。「麦の家」を創立した故松井浄蓮さんは「ずっと目指す鏡、光だった」と。
松井さんは元々農家ではなく、道を求めて家を出たそうです。関東大震災の時には被災現場に駆けつけ、被災者の自立のためにテントを建てるなど奔走。平和主義、環境主義を掲げ、敗戦後はまず食べることから国を再建しようと、坂本の原野に入って開墾を続けました。蚕を飼い、その糸を紡いで衣服を作ってきました。槌田さんは病を得た松井さんを見舞った時、後光がさしていると感じたそうです。
槌田さんは戦争中に現在の富山県立山町に疎開し、初めて農家と出会った時の思い出を語りました。谷川で泳ぎを覚えたこと、おぼれたこと……。今でもその時の光景が目に浮かぶといいます。
そして、見ず知らずの子供を受け入れることが今の時代にありうるだろうかと問いかけました。理屈を超えて目の前の困っている人に手を差し伸べることが、強いもの勝ちの今の社会でありうるだろうかと。
1945年8月15日。槌田さんが疎開した村では、1台だけあったラジオの前に村人が集まりました。アジアの地図の上には旧日本軍が占領した地域に日の丸が付いたピンが立ち、正義の戦争は負けない、いずれ神風が吹くと教えられてきました。
敗戦を知った時、男はうろたえ、女はすっと台所に立ちました。「誰かに強制されたことは必ず間違う」。その時に直感したそうです。そして、大量生産、大量消費を繰り返し石油をがぶ飲みして繁栄している工業社会のありようを問いました。「今の豊かさは幻ではないでしょうか。この現実はいつまでも続くはずがない。そのことを今から考えておくべきではないでしょうか」
現代社会が拝金主義に陥っていると厳しく批判しました。金の、金による、金のための社会、“金本主義”の国になってしまったと。敗戦後の闇市、朝鮮戦争による特需、高度経済成長、森永砒素ミルク事件、農村の荒廃……。戦後の歩みを政治の変遷を分析しながら振り返りました。「金はいのちの原理とは対極にある。金さえ儲かればいいといのちを傷つけることで公害が生まれた」
槌田さんは自ら畑を耕し、野菜を作っています。断食を行い、自ら生きる力を確かめています。子供たちの未来を考えないまま地球の資源を貪り続ける工業文明を正面から問い、人が豊かに生きることとは何かを全身で問いかけているように感じました。その姿は厳しい修行に打ち込む僧のように見えてしかたありませんでした。
表題の「共生共貧・21世紀をいきる道」は樹心社から出版されました。
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