自然の時間に暮らす

時計を忘れると、物語が生まれます。

「ラッキーフィールド」と呼ばれる村にやって来たふたりの旅人。そこには人間社会とは別に、動物たちの不思議な世界が息づき、隠された秘密があって……。
 パティ・クリスティナ・ウィリスさんの新刊『星の降る村』は、ウィリスさんが友人のメアリー・ルゥ・プリンスさんと住む金沢市福畠町を舞台に描かれた物語。日々のエピソードからこんなに繊細なファンタジーが生まれるなんて、ウィリスさん、その場所にはいったいどんな時間が流れているのですか?
 「実はわたしたち、あまり時間を気にしないで一日を過ごしています。季節によって生活時間は違いますが、暖かい季節にはだいたい5時半から6時頃に目が覚めて、料理上手の相棒がつくってくれる朝食をゆっくり楽しんだ後、陶芸か家の掃除をします。昼食はたいてい庭でとります。その後また少し仕事をして、お天気がよければ、夕方は、森の道をたっぷり1時間くらい散歩に出ます。そして、帰ると夕食の準備。食事の後は、家の周りでホタルを見たり、カエルの声を聞いたり、ときには音楽をかけたりして、10時から11時頃には休みます」
 思わず溜め息がもれるような、豊かな一日。ウィリスさんたちが、廃屋同然だった古い農家を修復し、昔ながらの暮らしを営んで12年。そこにあるのは、陽が昇り、沈み……という自然の時間に身をゆだねる心地よさです。
 「都会に住んでいると、時間の流れはもちろん、生活そのものが、自然環境とあまりつながりのないものになりますよね。一方わたしたちの暮らしは、雨や風など自然のすべてから影響を受けます。でも、そんな〈地球のリズム〉に合わせて暮らしていると、ストレスがたまりません。
 この暮らしをはじめたとき、よく『不便になりましたね』と言われました。でも、便利さというのは、ときにストレスにもなるのではないでしょうか。
 〈便利〉ということは、〈ひととコミュニケーションをしない〉ことだと思います。たとえば、近所の八百屋さんへ通っていると、お店のひとと何となく顔見知りになり、ことばを交わし合うようになります。寂しいときにふと行ってみる、なんていうこともあります。でも、コンビニには何度行っても、お店のひとと友達にはなりにくい。もちろん、それがコンビニの〈便利さ〉ですが、そういう暮らしを続けていると、気持ちが寂しくなってくるとおもうんです」
 忙しい一日を終えて、コンビニのものをテレビを観ながら食べるのでは、気分転換もできないのでは、とウィリスさん。「わたしたちは、時間をかけて食事の支度をしたり、何かを手づくりしたりしますが、そういう時間は無駄ではないと思います。陶芸もそうですが、時間をかけないと、やはりいいものはつくれません。わたしは以前、アメリカで陶芸をビジネスにしたことがあります。ビジネスカウンセラーがつき、一枚のお皿が何分でできるかという計算をする……でも、そういう仕事の仕方は、全然面白くなかった!
 仕事というのは、目的だけが大事なのではなく、その周りにあるものも大事なんだと思います。たとえば、草むしりの目的は庭をきれいにすることですが、そのとき、周りの花を見たり、空気を感じたりもする……。実は、そういったことから得るものは大きいのではないでしょうか。目的達成だけを考えると、そのほかの効果がなくなってしまうような気がします。
 この周辺のおばあさんたちが、毎年集まって味噌をつくっていますが、わいわいおしゃべりをしながらの作業で、すごくたのしそうなんです。きっと大切なコミュニケーションの機会なんですね」
 ウィリスさんたちのような環境になくても、時間の流れを変えられるでしょうか。
 「少し遠回りしても公園のそばを通る、週に一度はスーパーでなく八百屋さんで買い物をするなど、ちょっとしたことでいい時間を持てると思います。そうそう、本を読むのも、その本の世界の住人になれる、しあわせな時間を得る方法ですよね」
 なるほど。まずは、〈ラッキーフィールド〉の住人になる時間をもってみますか? 
(2005年9月号 『月刊クーヨン』クレヨンハウス刊より)