大友慶次は、障害者との同行者である。彼の歩行は、「あいさつ」することと「わかちあう」ことを紡ぎ出していく。それが「隣人」と出会うことでもある。ハンディキャップを負う人々の育てた農産物を消費者に届ける自分たちを「はこび屋」と呼ぶ。はこび屋が運ぶもの。本物、出会い、縁、手紙や葉っぱの贈り物、そして勇気と安心。チェルノブイリ原発事故の放射能汚染地に、彼はどんぐりを「連れていく」。数十年かけて守が放射能を浄化してくれる日を夢見ながら。
大友は自らの歩行を、でき合いのゴールを持たない、という意味で「無為」と呼ぶ。
(栗原彬/朝日新聞1997年10月12日・読書欄「味読乱読」より)