今を輝いて生きるために/田畑正久

生きている限り、老いて、病んで、死んでいく。誰もが避けられないこの「生老病死」の現実を、私たちはどう受けとめるか。特に、この真っただ中で苦しむ人たちと共に医療現場に生きる著者は、何としてもこの“四苦”を超える道を説く仏教を、仏の心を、医療の世界に展めて、共に安らぐ場としたい! ―今を輝かせ、心豊かに生きるために、私たちはどうすればよいかを仏教に問い続ける。
(四六判並製/¥1500+税)

幸いに仏教と出遇い、その後の継続した聞法、同時に医療を仕事として携わり、その両方を内部から見る貴重な経験を積むことができました。 
 仏教も医療も生老病死の四苦に携わりながら、その協力関係が日本の文化状況の中ではほとんど実現できていない、なぜだろう? また、どうしたら実現できるだろうか? その大切さを多くの人に分かってもらうためにはどうしたらよいか? 
―そんな思いの中で、大分合同新聞の文化欄に「今を生きる」という題で文章を連載させていただく貴重な機会をいただきました。  (著者・「あとがき」より)

◎書評「今を輝いて生きるために」田畑正久著 
〈2013年6月 大分合同新聞・評者 時枝正昭(前宇佐市長、医師)〉
 宇佐市在住の著者は臨床医(佐藤二病院長)であり、浄土真宗系の龍谷大大学院教授である。九州大医学部在学中に仏教青年会の寮に入り、仏教家の細川巌先生の謦(けい)咳(がい)に接する機会を得たのが聞(もん)法(ぽう)の始まりとなった。九大病院、国立中津病院(現中津市民病院)を経て、東国東地域広域国保総合病院(現国東市民病院)の院長に就任。その頃、「国東ビハーラの会」を組織して仏教講座を開催。郷里の宇佐市では「歎異抄に聞く会」を開講し、今も続いている。
 県医師会で「今を生きる」の演題で講演したことがきっかけで、同名のコラムを2004年5月から大分合同新聞に執筆(月曜朝刊文化面に隔週掲載)。これまでに217回を数える。その積み重ねが今回の本になった。
 「人間として生まれたこと」が死亡の原因だという。生きとし生けるものは全て「いつかは必ず死ぬ」のである。「老・病・死」がマイナスだと考えれば、全ての人間は「不幸の完成」で人生を終わることになる。
 仏教は「いま、今日」の充実を目指す教えだという。その課題克服のために著者は「死ぬ練習」を勧める。具体的には、朝、起きる時が今日の私の誕生で初心を持って出発し、今日の仕事を精いっぱい取り組む。そして夜、寝る時はこれで今日の命を終わると思って眠る。これがまさに「死ぬ練習」なのだ。
 われわれ医師が死生観を持っていなかったために、患者に寄り添う対話ができていなかった。人間の「生きる意味」や「死後どうなるか」を問われたとき絶句する。そういう哲学的、宗教的な領域については、医療人は訓練されていないからである。元気な人も病んだ人も、医療人も共に、ぜひ読んでいただきたい。
 本書では、仏教の難解な専門用語が出てこないので理解しやすい。また「悠々と猫に食われていくネズミ」のように巧みな寓話をちりばめて、素人分かりのする本にしている。まさに語りの名人である。

【(著者略歴) 田畑 正久(たばた まさひさ)】
1949 年、大分県生まれ。九州大学医学部在学中に仏教の師、細川巌師に出遇う。以後浄土真宗のお育てをいただく。
1973年卒業後、外科の道に進む。九州大学付属病院、国立中津病院を経て、1989 年、東国東地域広域国保総合病院(現在、国東市民病院)へ。
1990 年、「国東ビハーラの会」を組織して院内で仏教講座を毎週開催。院長を10 年間勤め、2004 年3 月、勇退。
同年4 月、飯田女子短大看護科客員教授。2007 年、佐藤第二病院、院長。2009 年4 月、龍谷大学大学院教授に就任。
宮崎大学、大分大学、同朋大学の非常勤講師として「医療と仏教の協力関係」構築に取り組んでいる。

主な著書:『老・病・死の現場から』『今、今日を生きる』『医者の目 仏のこころ』(以上、法蔵館刊「ひとりふたり‥聞法ブックス」)ほか。

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