善き「隣人」へのオマージュ~未来を劈く群像の記録/大友慶次

ハンディを負った人たちとの暮らし、様々なボランティア活動、またチェルノブイリ〈風下汚染地〉との出会いの中から、常に“癒し”と“感化”に恵まれてきたという著者は、現代社会が迷い込んでいる暗雲から抜け出す光明を、〈隣人〉という言葉を手がかりとして模索する!
(四六判上製/本体¥2200+税)

【〈共生〉とは祈りの言葉!(著者・本文より)】
相手の痛み苦しみを黙殺し、環境と資源を荒廃収奪して、己が便利と繁栄を貪り続けながら〈共生〉を説くとは、犯罪行為です。相手の〈受苦〉を引き取らず、貪ることのみにかまけている私たちの有りようを〈独善享楽〉と言います。〈共生〉とは〈同苦〉という対の言葉とともに説かれる祈りの言葉でございます。今という時を共に手を携え合って生きねばならぬとの思いで結ばれた人たちが(そのことを、私は隣人と呼ぶのですが〉、互いに相手の悲しみと苦しみを己が暮らしに引き取って、はじめて〈共生〉は姿を見せてくれるものではないでしょうか。

【栗原彬/朝日新聞1997年10月12日・読書欄「味読乱読」より】
大友慶次は、障害者との同行者である。彼の歩行は、「あいさつ」することと「わかちあう」ことを紡ぎ出していく。それが「隣人」と出会うことでもある。ハンディキャップを負う人々の育てた農産物を消費者に届ける自分たちを「はこび屋」と呼ぶ。はこび屋が運ぶもの。本物、出会い、縁、手紙や葉っぱの贈り物、そして勇気と安心。チェルノブイリ原発事故の放射能汚染地に、彼はどんぐりを「連れていく」。数十年かけて守が放射能を浄化してくれる日を夢見ながら。
大友は自らの歩行を、でき合いのゴールを持たない、という意味で「無為」と呼ぶ。

【毎日新聞1997年6月5日・生活家庭欄「BOOKほん」より】
著者は、高校時代から福祉の現場に深くかかわってきた。高校を休学し施設で障害を持つ人たちと共に暮らした。大学を卒業した後は養護学校、福祉センターで働く一方、いろいろなグループを主催し、チェルノブイリの被ばく者との交流など外国でも積極的に活動。現在は社会福祉法人理事、短大教授を務めている。その著者が、障害を持つ人や弱い立場の人との日常的なかかわりを折々にふれ書き記し、それを集大成したものだが、読み進むうちにそれが表現することの重さ、深さに次第に打たれ圧倒されてくる。書かれていることは、実にさまざま。あちこちに話は飛ぶが、一貫しているのは、人の気持ちを細やかなひだまで大切に、もろい1本の糸をも丹念に手繰り寄せようとする、強さと優しさである。

【“奉仕者”の活動記録(読売新聞・1997年5月22日・地域ニュース「ブック・人」より)】
 長年、都の職員として障害者施設などで働き、現在は千葉明徳短大教授として「ボランティア論」を教える著者のこれまでの活動を集大成した1冊である。
 ハンデを背負った人たちとの暮らし、様々なボランティア活動、チェルノブイリで放射能汚染に苦しむ人との出会い、そして16年前に亡くした妻や残された4人の子どものこと・・・・。ともに歩んできた「隣人」へのオマージュ(讃辞)が全8章を通じて語られている。
著者の大友さんは1940年、福岡県生まれの57歳。高校を2年間休学して私塾の施設で障害者と暮らした経験を持つ、根っからの“奉仕者”だ。
早稲田大学を出て、都に勤める傍ら、障害者の自立を目指した「ぐるうぷ・はこび屋」「日本チェルノブイリ連帯基金」などの創立に次々加わるなど、精力的な福祉活動を続けてきた。
その根底にあるのは「“少数者”こそ、未来を切り劈(ひら)く人々である」という思想だ。少数者とは、障害者はもちろん、老人、病人などの社会的弱者である。
著書にはこうある。
「だれでもいつの日か、他人の助けなくして生活していけなくなる。そのとき味わう悲しみと辛さを一番知っている少数者こそ、人間の不幸を救済できる唯一の友人である」
そして、現在“強い者”として生きる人たちが、将来“少数者”の悲しみを味わわぬために、少数者を大切にする若い世代を育成しなければならないと―。
通読してもいいし、興味のある部分だけを読んでもいい。「自分の生き方を模索している人、ボランティアに興味のある人などの参考になれば」と大友さんは話している。

【ふぇみん・1997年6月25日発行より】
「お母さんが死ぬとわかっていたら、遊ばないでもっと病院にいくんだったのに・・・・」6歳の末っ子の言葉。それを聞き、心配させまいとの大人の自分の奢りが「その時しかない子どもの宝もの」を奪い、残酷なことをしたと悔いる著者。
全文が自己以外のすべて、他者への思い、やさしさ溢れた「讃歌」。そのやさしさは、著者自身の感性に加え、ハンディを負った人たちとの長年の暮らしや、様々なボランティア活動のなかから獲得されたものなのだろう。
誰もがいつの日か他者の助けが必要になる。その時の悲しみやつらさを一番知っているのが今の「少数者」、彼らから教わることは多い。誰もがオンリーワンのかけがえのない生を輝かそうと語る。
若い人たちに是非読んで欲しいな。

【〈著者略歴〉大友慶次(おおとも けいじ】
1940年、福岡県生まれ。高校を休学して2年間、私塾の施設でハンディを負った人たちと共に暮らす。早稲田大学卒業後、東京都立養護学校、私立あすなろ学園養護学校、都立心身障害者福祉センター、渋谷区立心身障害者福祉センターと働く。と同時に「ぐるうぷ・生活者」、「ぐるうぷ・はこび屋」(1974年)、―こころ・うた・いのち―磁場の会(1976年)、街角からこんにちは展(1981年)、知も愚もない世!まんだら国(1985年)、JCF・日本チェルノブイリ連帯基金(1990年)、CGN・チェルノブイリグローバルネットワーク(1995年)などの創立にかかわり、またはらみちを・鯉沼廣行モスクワ公演(1989年)、JAPAN JAZA in MOSCOW(国際交流基金助成事業・1990年)、辻幹雄チェルノブイリレクイエム(ベラルーシほか北欧三国・1996年)など主宰する。
日本青年奉仕協会評議員のほか、社会福祉法人の理事、有償介護グループ「ケアーセンターやすらぎ」運営委員などに従事。1997年4月より、千葉明徳短期大学教授。東京都立川市在住。

著書:『精薄児の遊びから作業へ』(1975年、明治図書・共著)

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