(山元加津子/中日新聞・1995年10月22日)

本文サンプル2「さびしいときは心のかぜです」より
(本文より)

「時折、乱暴に怒ることがあり、仕事は嫌いで怠け者の観がある。いつもぶつぶつ呟いているが、何を言っているのか分からない」。そんなうわさで、小学部から錦城養護学校の中学部に入学してきた大ちゃんと、私は最初、どんなふうに一緒にいたらいいのか少しも分かりませんでした。
 大ちゃんは、乱暴というより、いつもはオドオドしているような感じがしました。大ちゃんの呟きはなかなか聞き取れず、私との会話は、「一限目のお勉強は何だっけ」という問い掛けに対して、「おれ、カレーライス食ったわ」という具合にちぐはぐでした。何とか、大ちゃんの気持ちを知りたいともがいても、私たちは目すら合わすことがありませんでした。
 大ちゃんは、「本当に仲良くならんと目なんて合わせられん」とそのずっと後に言いました。それなのに、私は、「こっちをちゃんと向いて」と無理に、大ちゃんに頼んだこともあったように思います。
 けれど、大ちゃんは、たくさんの気持ちをその時から、表現したかったのだと思います。原稿用紙を用意すると、毎日、何十枚も何やら書いていました。でも、大ちゃん自身も、字は気持ちを伝えられるということを知らなかったのだと思うのですが、その字は読むにはとてもむずかしく、私は、やっぱり、大ちゃんの気持ちをつかめずにいました。
 そんなことが、一年近く続いて、それでも大ちゃんと私は、だんだん仲良しになってきました。目が合わなかったのが嘘のように大ちゃんは、いつも私を見ていてくれるようになりました。私は、大ちゃんがとても必要だったし、大ちゃんもきっとそうだと思います。乱暴だとか、怠け者だという噂は、気持ちを出しきれなかった大ちゃんの心の表現の一つだったのだと分かってきました。
 そんなころ、大ちゃんとワープロの勉強をしました。大ちゃんは、ワープロを使うことで、字は人に気持ちを伝えられるということを知ったのだと思います。それから、大ちゃんは、読める字を書くようになりました。
 そして、大ちゃんは、私のことを「山もっちゃん」と呼んでくれるようになりました。それは、大ちゃんが詩を作るようになったのと同じころでした。大ちゃんは、きっと私のことを同じ仲間と感じてくれたから、気持ちを出してくれるようになったのではないかと思うのです。怖かったり、一方的だったり、させられてると感じられたら、誰だって、自分の本当の気持ちは言えないですよね。
 そして、大ちゃんは、読むと涙が出てしまいそうな詩や、思わず手を合わせたくなるような観音さまをかくようになりました。
 大ちゃんはその詩で、たくさんの大切なことを私に教えてくれました。 僕が生まれたのには理由がある
 生まれるってことにはみんな理由があるんや 僕は僕やから大切にできる
 僕は僕やからがんばれる
 僕が僕やから好きになれる 大ちゃんは言います。人はいろいろだけど、みんな大切だから、生まれてきたんだ。
 例えば、重い障害を持っていたとしても、何かの理由で生きていくのが、つらいと思っている人がいたとしても、みんな大切で、必要だからこそ、生まれてきたんだということを大ちゃんは言いたいのだと思います。だからこそ、自分は自分でいいんだという勇気を大ちゃんは、私たちにくれているのじゃないかと思います。 

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